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METライブビューイング~ ドニゼッティ「連帯の娘」(2008年5月30日) 

メトロポリタンオペラの公演を映画館で見ようというMETライブビューイング、今シーズーン最後の演目ドニゼッティーの「連帯の娘」を見てきました。アンコール上演ということで会場は目黒パーシモンホール。(ここでのアンコール上映は、2月にやったネトレプコ、アラーニャのグノー「ロメオとジュリエット」も見ました。)

今日のドニゼッティ「連帯の娘」は「昨冬のロンドンで上演され、タイムズ紙に「今シーズンを代表するオペラショウ」と絶賛されたローレン・ペリーの演出による作品」とプログラムにあります。その2007年1月のコヴェント・ガーデン王立歌劇場における舞台はすでにDVDで発売されています。ナタリー・デセイのマリー、ホアン・ディエゴ・フローレスのトニオのほか公爵夫人のフェリシティ・パーマーにシュルピスのアレッサンドロ・コルベッリまでそのDVDと同一キャストです。

もともと女優志望だったというだけあってデセイの芝居上手にはあらためて感心しました。いいですねぇ、デセイのこのコミックな演技があればこそ最高に楽しい「連帯の娘」になったと思います。(ただ、40を過ぎて「娘」というにはちょっと苦しいところがありますが、かわいい童顔ですので許せます。)

ナタリーはこうしたコミックな芝居も得意ですが、今シーズンMETの開幕を飾った「ランメルモールのル チア」もやるんですからねぇ。(余談ですがこれがまた迫真の狂乱の場なんです。見ものです。私は前に書きました彼女のCDのおまけDVDに狂乱の場が収録されているのを見ただけなんですが。ついでにいうとなんでこのルチアはライブビューイングでもやらないし、全曲盤のDVD出ないんだろう、不思議だ。もうひとつついでに言うと、来年のMETではネトレプコがルチアをやるそうです。)

とナタリー様にかかりきってホアン・ディエゴ・フローレスの見事な歌を忘れてはいけません。例のハイC連発のアリア、見事です。幕間のインタビューでは初日はアンコールしたとかいうことです。このアリアで一躍有名になったパヴァロッティとはちがう軽々としたしかし鋭いフローレスの声、私は好きです。彼にはぜひベッリーニの清教徒をやって欲しいと思います。それからルチアのエドガルドもお願いします。

ということで、十分楽しませてもらいました。ハッピーエンドのオペラはいいですねぇ。ドニゼッティはえらい。

それからパーシモンホールの音響ですが、前回「ロメオとジュリエット」の時は何だかステレオ感もないし、音も割れるみたいでどうなってんだと思ったのですが、今日はそんなこともなく結構聴けました。どうしてなんだろう。ほぼ同じような席だったのですが。不思議だ。

それから来シーズン行ってみようという人に、当日券で大丈夫です。私の行った2回とも席は十分空いてます。 Donizetti: La Fille Du Regiment

関連記事 ナタリー・デッセイのCD

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[ 2008/05/30 23:40 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)

カラヤンはなぜ目を閉じて指揮するのか 

このところ生誕100年ということでカラヤンのCD,DVDが溢れているし、テレビでも特集をやっている。このへんについていくつか書きましたが、今度はカラヤン関係の面白い本を紹介します。


中広全延著カラヤンはなぜ目を閉じるのか―精神科医から診た“自己愛”です。


カラヤンはなぜ目を閉じるのか



目を閉じて指揮するカラヤンのカッコいい映像を見て、私はカラヤンはナルシストであると素人考えをしましたが・・・

精神科医の著者によると
カラヤンは自己愛性人格障害の診断基準項目(自己の重要性に関する誇大な感覚を持つ、過剰な賞賛を求める、対人関係で相手を不当に利用する、他人との共感が欠如している、しばしば他人に嫉妬するなど)によると、「自己愛性人格障害」あるい「自己愛性人格をもつ人」と診断されるという。


そしてカラヤンの閉じた目は、オーケストラという他者とのコミュニケーションの不在を表し、指揮における自己愛的なあり方を象徴しているという。 


カラヤン自身はインタビューに答えて、目を閉じて指揮するのは「うまく説明できませんが、見ることをやめて、まったく別の世界に入っていくのです」と言っているそうだ。目の前のオーケストラの演奏のミスにとらわれず、自分は理想の音を聞いているという。


これを著者が精神医学から解釈すると「オーケストラとのコミュニケーションを放棄し、自己の思い描く理想のイメージに浸るという自己愛的戦略を採用していた」ということになる。


ベルリンフィルの楽団員の一人は、カラヤンの目を閉じた指揮に対して「彼との間に遠い隔たりを感じ、置き去りにされた」と感じたというが、目を閉じて目の前のオーケストラの音でなく理想の音しか聞いていないならそう感じて当然でしょう。


著者によると、カラヤンの録音編集による完璧なレコード制作の執念も同様に極めて自己愛的な手法と考えられるという。

つまり録音したものを編集することは、指揮者とオーケストラがともに音楽を体験した時間の流れを尊重せず、自分が欲する完全な理想の音響の実現を優先することであり、オーケストラは対等な音楽上のパートナーではなく、素材提供の手段におとしめられてしまっているということになる。


こういう風に伝記とか公開資料から著名人の精神病理を分析するのを病跡学というそうだ。
夏目漱石などが分析の対象になっているが、このカラヤンに関する著者の分析も説得力あります。
私が少ないながらカラヤンに関して聞きかじったことに符合します。ぜひ一読をお勧めします。面白いです。


しかしカラヤンの人格障害がどうであれ、だからといって私にとってはカラヤンが残してくれた「完璧な」オペラの映像、録音の素晴らしさをいささかも減ずるものではありません。
これからもどんどんデジタルリマスターして音質を改善し、カラヤンの追求したものをさらに進めてほしいと思います。その究極が最近発売されたSACD化されたカラヤン指揮のカルメンでしょう。


1963年録音の2トラック・アナログ・マスターテープを元に新たにDSDマスタリングを施して、SACDのハイ・スペックを生かした高音質が楽しめるという。カラヤンが生きていたら自分からやろうと言ったのではないかと思います。
まだ聴いていないのですが、果たしてどんなものか非常に興味あります。






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[ 2008/05/27 08:51 ] 本と読書 | TB(0) | CM(0)

グラハム・トーマスの実生のバラが咲く 

イングリッシュローズのGraham Thomas(グラハム・トーマス)は、丈夫で育て易く香りもいいので人気のバラだ。我が家にも1本あって、あまりというかほとんど剪定しないので2階のベランダまで枝が伸び、ようやく日当たりに恵まれてよく咲くようになった。

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こんなふうに咲いてます。

このバラはまたよく大きな実をつける。実をつけたままだと花付きが悪くなるというので、だいたいは切ってしまうのだが、あるときバラ会の会員で、新しい品種を作ることなども趣味でやっている人から、種を採ってまいてみると親と全然違う花が咲いて面白いよと聞いたのでやってみた。

記録によると2003年11月8日黄色く色付いた実を2つとって中の種を取り出し、ビニール袋に入れて冷蔵庫のチルドルームに保存したあと12月になってポットに蒔いている。たしか何本か芽が出たが、結局残ったのは1本だけだ。

IMGP2557-s.jpg

それから約4年半、小さな素焼きの鉢に植えっぱなしだったせいかヒョロヒョロ伸びてあまり成長もしなかった。またそれほど大切にしていたわけでもなかった。
それがなんと、ここへきて、よく見てみればいくつも小さなつぼみがついているではないか。それからは大事にして水遣りも怠りなく開花を待った。

IMGP2555-s.jpg

それがつい先日5月13日に開花した。花は薄いピンク色、でも小さい。香りはグラハム・トーマスに似た香りがうっすらとある。しかし花色といい花の大きさといいグラハム・トーマスの子供とは思えません。 とはいっても他のバラと自然交配したとは思えません。きっとグラハム・トーマスができるまでに交配を重ねた色々な品種にあった形質が出たものでしょう。

IMGP2560-ss.jpg IMGP2561-ss.jpg

でも開いたところを親のグラハム・トーマスと比べると似ています。イングリッシュローズです。

種を採ってまいただけですが、他にない自分だけのバラとして大事にしたいと思います。

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[ 2008/05/17 18:40 ] 園芸 | TB(0) | CM(0)

カラヤンとフルトヴェングラー 

カラヤンに関してこのブログでも何回か書きましたが、カラヤン関係で何かないかと探したら手頃な本がありました

中川右介著 カラヤンとフルトヴェングラー (幻冬舎新書) です。

カラヤンといえばベルリンフィルですが、この本はナチの時代1934年から、ベルリンフィルの三代目の首席指揮者・音楽監督として君臨していたフルトヴェングラーが1954年に亡くなり、その後任としてカラヤンが四代目となるまでの20年間の物語だ。

この本によるとカラヤンは最初から将来が約束され、スムーズに四代目になったのではなかった。順当にいけば当時フルトヴェングラーと音楽監督の座をわけあっていた指揮者チェリビダッケこそが後継者となるはずだったという。

当時チェリビダッケの指揮するベルリンフィルに市民は熱狂していたというのに、なぜチェリビダッケは四代目になれなかったのか。それは、チェリビダッケが楽団員から支持されなかったかららしい。たしかにチェリビダッケは、オーケストラから素晴らしい演奏を引き出し、聴衆を熱狂させた。しかし「気が荒く楽団員に厳しく当たり、気に入らない奴はクビにすると公言する」チェリビダッケだけはご免だという空気がオーケストラのなかで支配的になっていたというのだ。

ではなぜ当時フルトヴェングラーに嫌われてあまりベルリンフィルを指揮する機会に恵まれなかったカラヤンに決まったのか。勿論カラヤンにその実力があったのでしょうが、その当時の状況を把握し、利用し、二度とないチャンスを逃さなかったしたたかさがあったればこそ、当初から終身契約での音楽監督の座を射止めることができたのだ。フルトヴェングラーの死の前後のこのへんの駆け引き面白いですよ、ぜひ読んでみてください。

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[ 2008/05/09 11:22 ] 本と読書 | TB(0) | CM(0)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第5番だって? 

そうなんです。ラフマニノフのピアノコンチェルトは4番までしかありません。これは、ラフマニノフの傑作、交響曲第2番をピアノ協奏曲に編曲したものなんです。 HMVのネットショップで見て買いました。

 ラフマニノフは、私の偏愛する作曲家の1人です。激しい感情の起伏と美しい旋律に溢れたピアノ協奏曲第2番や交響曲第2番が好きです。私も同じだというには、このピアノ協奏曲第5番、絶対おすすめします。

 ラフマニノフの交響曲第2番をピアノと管弦楽に編曲するというアイデアは、発売レーベル、ブリリャント・クラシックスのエグゼクティヴ プロデューサー(ということらしいが)ピーター・ファン・ヴィンケルのものだそうで、「私は以前からラフマニノフを聴くとオーケストラよりもピアノをイメージする。ある時交響曲第2番を聞きながら、私にはピアノが聞こえ、ピアノを想像し続けてしまった。こんな素晴らしい曲がピアノのための曲でないとは、なんと残念なことか。」ということから、音楽の師匠であるアレクサンデル・ヴァレンブルクに編曲を依頼したという。

 どのようにしてピアノコンチェルトに編曲したのか、編曲者アレクサンデル・ヴァレンブルクのインタビュー発言がライナーにあったのでちょっと紹介します。

「 最初私は原曲を大切にして、カットする部分を最小限にとどめていました。でも、フィナーレに来る頃には、私はそのことにそれまでよりとらわれなくなって、15分あるいはそれ以上カットして結局フィナーレの楽章は10分になってしまいました。私はそうしなければならないと考えたのです。この楽章は長くなればなるほどクライマックスに達することは不可能だと思われたのです。この目的のために、ラフマニノフの3つの主題のうち第2主題をカットしなければならなかったのです。私はそれはコンチェルトに対しては長すぎるし、過剰だと感じたのです。交響曲においてはそれは素晴らしいけれど、コンチェルトにおいては理にかなったものではありません。」

  「オーケストレーションには約2年かかりました。私は多くの色彩とそれを強調する方法を探しました。私にとって音楽的にも審美的にも色彩は重要です。」そのために「オーケストレーションを修正したり、パッセージを作曲しなおしたりしました…というのはシンフォニーのある部分はピアノソロとしてはよいけれど、またある部分はオーケストラの方がピアノ以上のソロイストだったりしますから。」

「純粋にオーケストラのパッセージはラフマニノフが書いたものをそのまま残しましたが、ピアノが絡むところや、全体をピアノに移したところは見直しました。大雑把に言って管弦楽の約40%はラフマニノフではなく私のものです。」

「オーケストラに関してのラフマニノフの和声法は天才のインスピレーションです。…しかしピアノをそこに持ち込むには時折修正が必要となります。サウンドとバランスを改善するために必要だと感じたのでそうしたのです。その違いは音楽家なら気付くでしょうが、多くのリスナーには分からないと思います。私は全体をとおして原曲とラフマニノフのスタイルに忠実に努力しました。私の書いた全ての音符は彼のものだといえるでしょう。100パーセント。」

「長年にわたるラフマニノフの作品の演奏経験と研究に基づいて書いた私の作品ですが、ラフマニノフの原曲の論法と言語に従ったものです。」

 ということだそうです。私は「交響曲第2番を聞きながら、ピアノが聞こえ、ピアノを想像する」なんてことはできませんが、このようにして聞かせてもらえば、納得できます。いいと思います。このように編曲されてもラフマニノフの音楽です。素晴らしいです。

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ラフマニノフ ピアノ協奏曲第5番 icon

原曲の交響曲第2番は、それまで慣例だった一部の省略もなく完全に演奏してその真価を世界に知らしめたアンドレ・プレヴィンの指揮するロンドン交響楽団で聴きたい。これは私の長年の愛聴盤です。自信をもってお勧めします。絶対聴くべし!

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ラフマニノフ 交響曲第2番 icon

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[ 2008/05/01 15:35 ] 音楽 | TB(0) | CM(0)




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