スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

もうひとつモーツァルト関係の本 メイナード・ソロモン著「モーツァルト」 

 モーツァルトに関する本でもうひとつ感心したものに、メイナード・ソロモンのモーツァルトがあります。
映画アマデウスでもそうでしたが、モーツァルトは子どものまま大きくなった無作法な人間というイメージがあります。しかしそれは真実とは違うものでそうしたイメージを作り上げたのには父親レーオポルトも関係しているとソロモンは言います。

 モーツァルトの書簡集を読むと、確かにモーツァルトは下がかった下品な冗談が大好きな人らしいけれど、旅先で亡くなった母親の死をどのように父親に知らせようとしたかを読めば実に人間的な洞察力のある人であることがわかります。だから、私はソロモンの提示した説得力あるモーツァルト像に十分納得できました。
また一方でソロモンは父親レーオポルトについてもこれまでと違った興味深い人間像を提示しています。モーツァルトファンにとって必読と思います。

記事目次へ

関連記事
スポンサーサイト
[ 2006/02/11 18:03 ] 本と読書 | TB(0) | CM(0)

モーツァルト関係の本について 

 モーツァルト生誕250年ということで、テレビだけでなく本でもモーツァルト関係のものが目に付きます。前回言及した平凡社新書堀内修著「モーツァルトオペラのすべて」もそのひとつかと思います。
今日は私が読んだものの1つを紹介します。

 音楽之友社の作曲家 人と作品 モーツァルト (作曲家 人と作品)です。

出版社の宣伝文によると「昨年発表されたピアノ協奏曲の《ジュノム》に関する新発見、今年初演された新発見の交響曲、同じく数年前に発見されたオペラ「賢者の石」に関することなど、250以上の欧語文献にあたったうえで、生涯と作品に関する従来の誤った情報をただし、多くの新情報を盛り込んだ力作。」とあります。

私もモーツァルトのファンとしてその書簡集は勿論、海老澤敏氏の定評ある「モーツァルトの生涯」(白水社)、歿後200年に書かれたロビンス・ランドンの「モーツァルト、音楽における天才の役割」(中公新書)などはじめいろいろ読みましたが、この西川尚生氏の著書は、確かに「多くの新情報を盛り込んだ力作」だと思います。

たとえば新情報の1つにこんなのがあります。
 モーツァルトの生涯について何かの本を読んだことのある人ならたいていご存知の、マリア・テレジアがモーツァルトを雇い入れたいという息子のフェルディナント大公にそれはやめなさいと助言したエピソードがあります。
 1771年フェルディナント大公の結婚のお祝いに依頼されたモーツァルトの祝典劇「アルバのアスカーニョ」は同じく祝典行事のために老大家ハッセに依頼されたオペラ「ルッジェーロ」を完全に圧倒する大成功であった。これを機にモーツァルトを雇い入れたいというフェルディナント大公に母親マリア・テレジアは手紙で冷たい返事をする。

「あなたは若いザルツブルク人を自分のために雇うのを求めていますね。私にはどうしてだか解らないし、あなたが作曲家とか無用の人間を必要としているとは信じられません。...乞食のように世の中を渡り歩いているような人たちは、奉公人に悪影響を及ぼすことになります。彼はその上大家族です。」(海老澤敏訳)というのだ。

 王侯貴族から見れば当時の音楽家など台所の使用人と変わらない下僕に過ぎないのだなぁとちょっと悲しくなり、一方冷徹な眼で現実を忘れない女帝マリア・テレジアに感心する。というのが普通の解釈だ。

 ところが、西川氏はそこには「ミラノで行われたばかりのハッセとのオペラ競演の一件が影を落としているように思われる」と言う。「ハッセに音楽を習ったこともある女帝は、この作曲家を深く尊敬しており、・・・ハッセのオペラが惨敗し、彼の名誉を傷つけてしまったことで、女帝はかなり心を痛めたようである。」ハッセを選んで起用したのはマリア・テレジアであり「かたや大成功した、《アルバのアスカーニョ》は、おそらく劇場興行師をはじめとするミラノの人々が企画したオペラであった。ヴィーン宮廷肝煎りのオペラをミラノが企画したオペラが打ち負かしたという事実を女帝が快く思ったはずはない。」というわけだ。

 4年後マリア・テレジアはフェルディナント大公にヴィーン宮廷劇場のヴァイオリン奏者で作曲家であるヴェンツェル・ピヒルを推薦し、ピヒルは大公家の音楽監督として、およそ二十年間、ミラノで活躍することとなったということである。(ピヒルなんてのは知らんぞ、モーツァルトにしろよと言いたくなります)

 女帝の心理を残された資料から解明し、モーツァルトにつれない女帝の本心を指摘したたのはこの本が初めてではないかと思います。大変感心しました。宣伝文のとおり他にもいろいろ新情報があります。モーツァルトが好きな人は必読です。

記事目次へ

関連記事
[ 2006/02/06 21:43 ] 本と読書 | TB(0) | CM(0)

皇帝ティトゥスの慈悲 

 モーツァルトイヤー歌劇特集の最後はハイビジョンで2005年6月チューリヒ歌劇場公演の「皇帝ティトゥスの慈悲」でした(1月28日NHKハイビジョンクラシック館)。

 これは、同じチューリッヒオペラですが、後宮からの誘拐のようなことはなく見やすい画面でした。
ヴェッセリーナ・カサロヴァとリリアーナ・ニキテアヌが背広姿で並ぶとなんだか宝塚歌劇のようですが、この二人はズボン役似合います。ニキテアヌは25日のフィガロでケルビーノやってました。また、年末にデジタル教育で見たフンパーディンクのヘンゼルとグレーテルでマリン・ハルテリウスと主役の二人をやってました。楽しい舞台でした。

 しかしなんといってもヴィテルリアのエヴァ・メイが圧巻。皇帝の妃の座を得られず怒り狂い、自分を慕うセスト(ヴェッセリーナ・カサロヴァ)を利用して皇帝暗殺を実行させるという妖艶な悪女ぶりが良かった。

 最近出たモーツァルトオペラのすべて (平凡社新書)に、「ティートを主役として据えてはいるが、私たちにとって魅力があるのは、...ヴィテリアに決まっている。つい、最後のとってつけたような改心さえなければ、永遠の悪女として、時代を先取りしたはずなのに、と残念に思う。だが今のままでも、十分に近代的魅力の悪女なのではないか。」と書いています、さすがに専門家です。

この本はコンパクトにモーツァルトの全オペラをその制作過程の歴史とともに紹介しており、モーツァルトイヤーにもう一度モーツァルトのオペラをたどってみるのにとても良いガイドとなると思います。

 それからこのティートーも近頃流行の現代解釈というのか、皇帝とか親衛隊長などがローマ帝国のトーガでなくてブーツをはいたドイツ帝国?の軍人の格好をしていますし、セストなど他の男はスーツ姿です(ティートーも途中背広姿で出て来ます)。はっきり言って私は好きではない(しかしこのティートーぐらいならまぁいいかとも思いますが)。

 この辺の現代劇としてのオペラ演出については先ほど引用させてもらった『モーツァルトオペラのすべて』には冒頭に「二十一世紀のドン・ジョヴァンニ」と題して「現代の演奏、現代の上演・演出」などコンパクトにまとめられている。大変参考になります。
 私はそこで「懐かしい過去のモーツァルト」として言及されているベーム、カラヤンのフィガロやドン・ジョヴァンニのほうがが好きなんですがねぇ。現代のオペラ上演の流れはどうもそうではないらしい。

記事目次へ

関連記事
[ 2006/02/04 22:56 ] テレビで見たオペラ | TB(0) | CM(0)




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。